プロフィール













この日の朝は、木の上で目を覚ました。
るしにゃんは森国なので、森というか、木を利用した住居が多い。そういった樹木は手が加えられている為に背が高く、また通常のものより木の枝や幹が頑丈に出来ている。それらのいくつかを、住民たちの許可をとって見張り台代わりに利用しているのだ。
ようやく戻ってきてくれたるしにゃんの人々の安眠を守る為の、ささやかな仕事。
これは、普段僕があまり意識しない黄オーマとしての能力が生きる時でもある。シフトがちょうど深夜帯に組み込まれているのも、それを意識してのことらしい。
もちろん見張りは僕一人がやっていることでもないけれど、僕のいるチームは発見率が高いそうだ。これは少しだけ、自慢。

「おはようございます、ノーマさん」
「おはよーイヌヒトさん。……もうちょい寝ててもいいよ。昨日交代遅かったし」
「あはは。お言葉はありがたいですが、もう目が覚めてしまったので」
「じゃあご飯先にとっといてよー」
「わかりました。じゃあ、お先に失礼します」

食事は携帯食料と、夜前に知り合いの人たちに差し入れてもらった果物で簡単に取る。
僕たちのチームがこの前、外敵の襲撃を発見したのを覚えてくれていたらしい。経緯は少し問題があると思うけれど、こうして親切にしてくれるのは素直に嬉しいと思う。
少しずつでも、信頼してくれているということだから。

食事の後は、チームのメンバーで町の周囲を見回るのが日課だ。
一応、外敵――つまり「な」で始まる例のアレ――の侵入を知らせる為の鳴子が動作しているかどうかを確認するためだけれど、町の様子を見るのも重要な仕事。
朝早くということで町はまだ静かだけれど、人の生きている気配がする。嬉しい。
と、思っていたら。
「イヌヒトさん何ニヤニヤしてんのー」
「二号、思い出し笑い?」
「「「えろーい」」」
「だからなんでそうなるんですかー!」
……大声を出したら、すれ違いの散歩中らしいおばあさんがびっくりしていた。
多分周囲の住居の人たちもびっくりしていただろうなあ……ごめんなさい、みなさん。

見回りを終えると、昼当番の人たちに仕事を引き継いだ。
普段なら、これで半日は休みなのだけれど、今日はそのまま帝國軍の駐屯地に移動する。昼から行う「外敵」の何度目かの討伐作戦、その最終的な打ち合わせの為だ。理由としては過去の参謀としての経験から声がかかったみたいだけれど、多分僕がオーマだということも理由のひとつだと勝手に思っている。
過去にはっぷんさんが作った王国地図に、帝國軍が作った現在の状況を照らし合わせながら、かなり細かいところまで打ち合わせを行う。とはいえ、大まかなところは大体同じだ。軍は近接戦闘を担当。足止めしてもらっているところを僕らが遠距離から仕留める。
「そろそろパターンが出尽くしてますねえ」
作戦の途中、参謀の一人だという人物が渋い顔で言った言葉が印象に残った。
森を燃やさないことが大前提である為、大規模な作戦を行えないのが、もどかしいようだった。参謀経験者として、少しだけ気持ちはわかるけれど、敢えて何も言わなかった。













 昼、部隊の配置完了を待って本日の戦闘開始。
 今回の作戦は、大まかに言えば「追い込んで殲滅」といえるだろう。かなり前に廃棄された集落をまるまるひとつ使って罠にしてしまい、一網打尽にするのが狙いだ。
 正直、森を大切にしている僕らの頭からはなかなか出せない作戦だと思う。帝國軍でなければここまで形にはならないとも思う。
 作戦とはいえ、棄てたものとはいえ森や住居を傷つけることを躊躇する僕らに代わって、追い込むのは帝國側。るしにゃん側の役目は、そうして追われてきた「外敵」を詠唱で倒すこと。僕は、その護衛みたいなものだけれど。
「護衛っていうか、完全に盾だよねーイヌヒトくんの場合」
「そこまで言わなくても……」
 いや、確かに事実なんだけれど。……とほほ。
 やがて合図代わりの赤い煙幕――見通しの効かない森の中では通信よりもこちらの方がいいのだ――が上がって、攻撃開始。
 呪文の唱和に乱舞するリューンが敵を打ち据える。合図ごとに、何度も。
 こちらから相手に絶対に接近しないというのが、最初からの取り決めだ。……今のるしにゃんの面々は「外敵」と戦うにはあまりにも脆弱すぎるから。
 でも、あそこで打ち据えられているうちのいくつかは、かつてここで平穏に暮らしていた筈の人たちだった筈なのに。
 稲光のような光が輝く様と、音を聞いて少しだけ悲しくなった。

 戦闘が終わって帝國軍と合流。同時に確認してもらった戦果を知る。
 今日は80程度、らしい。程度、というのは攻撃力が強すぎて数え辛いものを含む為だ。……とはいえ、報告によれば日に100は出ているのが「普通」であって。
「打ち漏らしがあると考えるべきでしょうか」
「……そうですね。おそらくは」
 その立場から、自然と取り纏め役になっているクレールさんにこっそり尋ねてみると、彼女は眉を顰めつつ頷いた。
 定石で言えば追うべきなのだろう。でも、深追いすれば不利なのは、僕らの方だ。
 結局、帝國軍の人たちも交えて相談し、少し早いけれど撤退することになった。切りがいいということと、それ以上に夜襲に警戒する為に。

 そして、町に戻ってから、僕の本当の仕事が待っている。
 今回の作戦での負傷者たちの手当て。その指揮を任されているのだ。
 範囲は現場治療だけじゃない。重傷者が出ている時には他国への搬送の手配も必要だし、味方に損害は少なくても、上がってきた報告をまとめたり、必要な物資を手配したりすることも仕事のうち。もちろん、町の人たちの健康管理もある。
 特に今日は、近日中に夜襲がある可能性が出ているのだ。確認してしすぎることはない。

 確認作業が一通り終わって、ようやく食事。
 僕の場合、昼だけは人の沢山いる場所に居ることが多いせいで、火が通ったものを食べることが多い。炊き出しや、軍の糧食のお裾分けみたいなものが普通。
 今日は豆のスープとパン、それからいくつかの惣菜。今回は軍が用意したものではなくて、有志によるものだそうで……そう言われればどことなく普段と味が違う気がする。もちろん、美味しいという意味で。
 食器を返しにいったときにそんな話をすると、炊き出しのらしいおばさんにとても喜ばれた。どうも話を聞くと、彼女が味を決めているらしい。

「イヌヒトさん、おばちゃんに人気あるよね」
「むしろマダムキラー?」
「なんというエロス」
 ……いいかげんそこから離れてください。













 食事の後、少しだけ仮眠を取ってから昨日とは別の見張り台へ。
 普段ならこんな風に二連続で見張りをすることはないのだけれど、今回ばかりは監視を密にした方がいい、という判断からだ。特に深夜になればなるほど集中が途切れるから、深夜時間帯の僕にお呼びがかかったらしい。
 別のチームに混じる形で参加して、緊張を高めようという狙いも、ある。
 僕は帝國軍の人たちと同じところで見張り。僕と同じか、それより少しだけ年長という感じの若い人たちばかりだけれど、あちらはやはり本職だけあって動きや監視方法に隙がない。そういう姿を見ると、やっぱり頼もしいと思う。
 談笑をする訳ではないけれど、声だけは掛け合って見張りを続けること、しばし。
 獣、というには妙な遠吠えが聞こえたのは、多分深夜から真夜中に近い頃だろうと思う。
「……なんだか変な音がしませんでしたか?」
 隣に居た一人に確認してみると、怪訝な顔をされた。けれど、僕らの前にいた一番年嵩の人――多分この人が隊長格なんだろう――は僕が黄オーマだということを覚えていたらしい。黄オーマはあらゆる能力が高くなっている存在だ、ということも。
 隊長さんが慌しく本部に連絡を取っていると、――突然、明らかな金属音がした。鳴子だ。

「敵襲ーーーーーーーーー!」

 隊長さんが無線に叫ぶのと、僕が抱えていた弓に矢を番えたのは同時だと思う。放ったのは鏑矢――空に向けて放つと、ロケット花火みたいな音が夜に鳴り響く。
 途端に、静まり返っていた町と、その中央の本部に一斉に明かりが灯っていった。そして、鬨の声というには荒々しすぎる「なにか」の声。

 ……その後は台の上から言われるままに夢中で矢を撃っていたから、正直なところ何が起こって何が起こらなかったのか、僕にはわからない。
 綺麗すぎる詠唱の光と、夜を割くような魔法弓の輝き、そして爆発が何度も見えた。
 はっきり判ったのは、町の防衛は成功したということだけだ。
「お手柄ですね、緋乃江どの」
 光が全部収まった後、疲れ切って台の床に座り込んだ僕に最初、怪訝な顔をした帝國軍の人がそう言って、肩を叩いてくれた。なんだか凄い人を見るような目で見てくれて、逆に恐縮した。
 たった一度の偶然なんだけれど、……いや、だからなんだろうか。

 戦闘はほんの一時間ほどのことだった。
 本来なら、ここで一度見張りを中断して後始末――怪我人や破壊された建物や何やかやを片付けるべきなのだろうけれど、僕はこのまま上に居ることになった。
 どうやら襲撃で警戒網に一部穴が開いたらしい。襲撃はなさそうだけれど、念の為にということみたいだ。なんだかすっかり見張り役が板に付いた気がする。
 一緒に居た帝國軍の人たちは、下に降りていった。
「留守をお願いいたします」
「承りました。お気をつけて」
 敬礼をしてくる隊長さんに、頭を下げた。

 彼らが戻ってきたのは、夜明けが近い頃だったろうか。
 異常がないことだけを伝えたら、ちょうど夜が明けた。……仮眠はしてあるとはいえ夜襲があったので、ほとんど徹夜したみたいな形だ。
 なんだか久々に長い一日だったなあ、と思う。

 疲れていないと言えばうそになる。
 けれど、振り返ってみれば充実した一日だったと思う。戦いをしていることが、ではなくて――何かを守れているかもしれないということが。
 明日明後日のことはわからないけれど、頑張ろう。努力を続けてみよう。
 そう思いながら、宿舎に戻った。

 しっかり眠ったら――また戦う日々が待っている。