おれおれ



 るしにゃん王国は、目を開けば緑の映らぬ事のない森の国である。
はやてが果樹園から特に美味しいリンゴを選んで貰った帰り道。
雨上がりに滲んだ空には、薄らと虹が浮かんで見えた。
手の中のリンゴはつやつやと2つ。
1つは兄王たる、るしふぁの。
もうひとつはアルフォンス様の分。
 はやては滲んだ空を見つめて瞬いた。

いつもなら。
いつもなら、もうひとつ、この腕に抱えて帰っていた道なのに。
摂政が傘を持って旅立ったのは、つい、昨日の事のように思えた。

東の善き魔法使い──青にして正義

新しい名前を着て、摂政は旅立たれててしまった。
それは、世界のために必要な事だけれど、でも、やっぱりどこか寂しい。
ちゃんと元気でやってるのだろうか。
無事に向こうについたのだろうか。
そんな事を考え乍ら、雨に塗れて湿った優しい土を踏みしめて、はやてが森を歩いている時だった。

 足下を何かが駆け抜けるのが分かった。はやての碧の瞳が素早く、動く。
風に乗って、でも何の音も立てずに、その小さな生き物はくるくると駈け抜けた。
なんだろう?
思わずリンゴをぎゅっと抱きしめて、後を追い掛けようとしたはやてだったが、その小さな生き物は、すぐに方向転換し、足下にまとわりついてくる。
くるくる。
くるくるくる。
100程回っただろう頃に、漸くはやては、その生き物が口に何かをくわえているのに気付いた。
「? おてがみ?」
はやてはそっとしゃがむと、その小さな紙片を受け取った。
しわしわの小さな紙に、金色に輝く文字で綴られていたのは──

「……『おれおれ』?」
たった4文字の手紙。
はやては、もう一度だけその言葉を口の中で繰り返すと、ぐい、と空を仰いだ。
いつの間にか、滲んだ空は西から晴れてゆく。
足下の小さいのも、いつの間にか姿を消していた。
はやく、皆にみせなくちゃ。
はやては大事そうに紙片をぽけっとに仕舞うと、リンゴを抱えて駆け出した。

小さな紙片の文字は、S43の無事を告げるように、いつまでもきらきらと輝いていた。