「九つの雲 歌えない歌」
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「うそをいうなぁ!」
真っ暗な空間に突如爆発する声。
「証拠を出しなさい証拠を! 死んだっていうならそのときの状況を言ってみなさいよ!」
その声は余りにも悲痛で。
「そうだ,夜明けの船。夜明けの船にいるはず! 乗務員のデータを!」
必死にもがくけれど。
「いやだ! そんなの信じない! 嘘よ! 嘘だっ! あの人が,カトーさんが,死ぬわけないっ!」
ひとつの心が,闇に落ちた。
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クレールは涙の跡を触りながら,ベッドから降りた。
夢までもが,現実を映して私を苦しめる。
それでも絵が見えなかっただけ,今日は少しだけ良かった。
でも,きっと次の眠りでも,あの日を思い返すのだろう。
今日が少しだけ良かった分,きっと今度は現実よりも悪い夢を見るにちがいない。
突きつけられた事実が余りにも衝撃的過ぎて,呆然と惰性のままに迎えた,幾度目かのアイドレスの朝だった。
気がつけば,夜である。
昼の仕事のことなど,覚えてもいない。日誌にも何も書かず,日付だけ入れてそっと閉じる。
そして,窓を開けて真っ白な空を見た。
雲が全てをおおいつくし,星はおろか月の影すらも見えない。
空に手を伸ばして歌を歌いそうになって,やめる。
今はもう,届けたい人もいない。歌う意味もないと,知ってしまったから。
眠るのが怖くて,城の外に出る。
最近やっと地図に載ることが許された東へ。深い森へ。
戻らなくても構わないけど,行くあてもない,そんな夜の散歩。
どれくらい歩いただろうか。なんだか,既視感に駆られる風景が広がった。
整備されたかのような道に周囲を囲む山。道の先には,小高い丘が。
思い出がよみがえり,弾かれたように走り出す。
窓から飛び出して,ちょっと早歩きで,歌を教わった。
流れ星を見るためにあの丘まで行って,そして…。
器用に頭を振りながらクレールは走りつづける。
そんなことはどうでもいい。きっと,あそこまでいけば。
あのひとがまっている。
でもそれも夢。そこに待っているものは少年ではなく,黒い岩だった。
騙されたという思いと,彼はやはりいないのだという絶望が,同時に心を駆け巡り。
そして,ついにその心は決まった。
不意に呼び出されたハンマーが岩を砕き,共に灰塵と化す。
「こんな風に騙すなんて……もう,許さない。」
その目には生気が戻り,きつく彼方の空を睨む。
「絶対に,許さない。 今度と言う今度は許さない!
泣こうが怒ろうが詫びようが逃げようが知しらない!
世界崩壊? 戦死? なにそれ。だからどうした!」
彼女本来の心が,数日を経てあるべきところに戻る。
「せっかく助けたアエリアも壊されて?
自分も負けて?
しかも私が知らないあいだに?
ふ ざ け る な っ !」
魔王になる前に,悲しき兵器になる前に,恋する乙女に帰ってきたのだ。
「地の底だろうが,空の彼方だろうが,レムーリアの頂上だろうが,世の果てだろうが,
絶対に見つけて,とっつかまえて,ぶんなぐってやるんだから!
覚悟して待っていなさい! 小カトー・タキガワ!!」
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