果樹園風景

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21107002 食料増産政策の実施のお知らせ。

藩国神殿機関による情報では、フィーブル藩国方面にて謎の武装勢力が現れたとの情報が入りました。
今後の状況次第では、援軍遠征や救援物資による支援などが想定されます。
我々は、共に和して自由の旗の下そうのような事態に備え、食料の増産を国民にお願いします。
各生産地域は、食料増産に尽力して下さい。

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「食糧増産ねえ…」

男はぼやいた。

「なんだか不機嫌そうだネウ」
「ええ、そりゃもう。前にも言いませんでしたか。
 わたしは動員するのもされるのも嫌いです。
 まして戦争するからその準備をしろだなんてね」

苛立ちながらズンズンと歩く。
脇には猫士がついて来ていた。

「じゃあ、手伝わないネウか?」
「…だったら、この出向を受けてませんよ。
 仮にもるしにゃんの国府に仕える身ですから、
 行かないわけにもいかないでしょう。
 それに戦いが回避できないのなら、十分な準備はすべきです。
 それが、戦いに赴く戦士たちを守ることになるのなら。
 …ああ、くそ!」
そんなセリフを自分の口から言ったことが忌々しかった。
そもそも戦争を回避できなかった大統領やわんわんの宰相を胸中で罵る。
そして何もできなかった自分を更に罵った。



食糧増産政策の布告に伴い、
るしふぁ王に仕える幽は果樹園の視察命令を受けた。
同じ命令を受けた猫士と共に、今はその視察に向かうところというわけである。

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水に恵まれたるしにゃん王国では作物が良く育つ。
王国を縦断するアルフォンス河。
王猫の名を冠すこの河は、肥沃な大地を育み、るしにゃんの農業を支える根幹となっている。
その恵みの体現であるのが、アルフォンス河畔の大果樹園だ。
王国名物のルシリンゴを筆頭に、
ブドウやナシ、モモにイチゴなど1年を通じてさまざまな季節のくだものがその実を結ぶ。

「うわあ、凄いな…」

果樹園に着いた幽たちは、まずその美しい風景に息をのんだ。
たわわに実った天然のフルーツ、香りもかぐわしい。
初めて見る風景ではないが、改めて感動させられる。
そして、食糧増産政策により増員された農夫たちの働く姿がそこにあった。

「たくさん収穫してたくさん送るネウ!」
「そっちの実も全部出荷だニャー」
「ネーウ!」
「どの国も頑張ってるニャ、うちも負けてられにゃいニャー」

ネガティブな幽と違い、国民たちの士気は高かった。

るしにゃん人の性質は温厚で平和的。のん気なのが国民性である。
だが同時に友情を大事にする性質でもあった。
曰く「るしにゃんは友を忘れない」。
戦争準備と言うよりは、
どこかの誰かを助けたい一心で皆が頑張っていた。

「……ふん」

鼻を鳴らす幽。
視察と言っても特にすることもなかった。
農夫たちはやる気に満ちており、作業も快調のようだった。

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農夫の増員、
さらには理力や薬品による果物の成長促進などもあり、
果樹園は順調に収穫高を増やしていた。
無理な収穫は後々に悪影響を及ぼす恐れもあるが、
その辺りも専門家がついて考慮しているようだ。
また、事態が長期化した場合に備えて農地の拡充も行われていた。

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出荷作業を手伝う幽と猫士。
仕分けされたみかんをせっせと箱詰めしていた。
そこへ話しかけてくる、一人の農夫。
「失礼ですが…宮殿から来られた方でしょうか?」

「え?あ、はい」
幽は身構える。
政府についての苦情を言われるかと思ったのである。
例えば、敵の根源種族についてはほとんど何も情報がない。
それが実情なのだが、
国民の中にはるしにゃん政府が情報を隠しているのではないかと考える者がいても
全く不思議ではなかった。
実際、幽もまた、共和国や帝國は知っていて公開してないんじゃないかと疑っていた。

だが、農夫からの話は全然違う話だった。
「戦場になったのがフィーブルというのは、本当なんですかね…?
 かつて旅で訪れたことがありまして、あの国には大事な友人がたくさんいるんです…
 今どうなっているか、何か知りませんか?」

フィーブル藩国。
にゃんにゃん共和国の藩国の1つで、今回の戦地となった国だった。

「…ええ。残念ですが、フィーブルに敵が現れたのは本当です」

すでに焦土と化しつつあるなどという噂も聞いていた。

「そうですか…。
 ありがとうございます。みんな無事だと良いのですが…」


(フィーブルか…)

幽は以前フィーブルの外交官と話をしたことを思い出していた。
るしにゃん王国に同盟の申し出をしに来たのである。
その時はやむを得ない事情で同盟を組むには至らなかった。

『貴国と友好的な関係が築けることを祈っております』
当時そう述べた幽は、
それがただの社交辞令ではなく、
るしにゃんを選んで同盟を申し出てくれたフィーブルの友誼に
いつか本当に報いたいと思った。
それを思い出した。

「大丈夫。
 そのために王もわたしも活動しているし、
 そのために皆さんもこんなに頑張っているんですから」

そんな気休めしか言えないことに心を痛めながらも、
幽は笑顔で答えた。
農夫は頭を下げると、その場を去っていった。

「ネウ」
猫士が声をあげる。
「なんですか。さ、早く全部詰めちゃいますよ。
 今日中にこの区画のみかんは全部搬送しちゃいますからね」


幽はせっせと箱にみかんを詰めている。