またたび

***********************************

「うう、寒いにゃー!」
年が明ける、にゃんにゃん共和国の正月は長い。
その中でも一際遅いのが、彼らまたたび農家である。
彼らは、秋に収穫したまたたびを糧に生活をする農家である。
またたびは、猫の大好物として嗜好品としての一面のほかにも高カロリー食や薬として重宝されてきた。
そのため、非常に高額で取引されていた。
そのため、彼らは生活に必要な収入は、すべてそれで賄っていた。
なにしろ、ほとんどの国民は裕福になることよりものんびりとすることを選んでいたから、
他の仕事をしようだなんて微塵も考えていないものばかりだった。
そんなわけで、この時期はまたたびの出荷も終わって、種を植えるまでの間コタツでのんびりする。
それがまたたび農家の常であった。
このうちの主人もそんなまたたび農家の一人であった。
「あんた!まったく、いつまで正月気分なの!」
そんなまたたび農家に嫁いできた猫たちは、さすがに猫とはいえ、これは怠けすぎだろと思う。
それも常であった。
「いいのにゃ、どうせやることもないし……ふぁあ」
「今日は、さすがに掃除します。だから、こたつから出てください。」
「えーっ、明日でいいじゃにゃい。」
「さっさとどくにゃーーー!!!」

どべしっ

テーブルが宙に舞う。猫が鼻血を出して吹っ飛ぶ。

農夫は鼻に血に染まったティッシュを詰めて、マフラーを巻いて街に出てきた。
掃除の間家にいたら、体が持たない、と思った農夫は家からとりあえず飛び出してみた。
まったくなんでこんな目にあうんだなどとブツブツと考えながら歩いていると、
広場に集まっている人の群れを見つけた。
特にやることもなかった農夫は、とりあえず家から出ている間の暇つぶしにはなるかと思ってその人だかりに入っていくことにした。
「どうかしたのかにゃ?」
「おお、またたびんとこの旦那か。なんでも、神殿からの御触れだそうだ。」
「なんか、面白いことでもあったのかい?ええと、なになに……にゃんだってーーー!」
そういうと、農夫は一目散に家に飛んで帰った。
「かーちゃん!大変だにゃ!」
「掃除は、まだ終わってませんよ。もうちょっと外に行っててくださいな。」
「そんな場合じゃないにゃ!ほれ、作業服出してくれ。ちょっくらいってくるから。」
「え?何かあったんですか?」
「何かも案山子もないんだにゃ!共和国で困ってる人がいるにゃ!」
「何があったのか、わかりませんけど。分かりました。私も行きます。」
二人は、とにかく急いで準備した。
早く準備したからと言って変わることでもなかったが、
とりあえず共和国に困っている人がいるということだけで急ぐには充分だった。

農園までの道二人は、白い息を吐いて作業服に鍬それにお弁当を持って歩いていた。
「今年は、タネは全部まくにゃ。」
「え?保存の分と自分の分もですか?」
「そうにゃ、うちのまたたびは万能の薬にゃ。北国で戦ってる人たちに届けばきっと元気になるにゃ。それに、あったかくなるしにゃ。」
「まあ、北国の方に届けるのですね?」
「言ってなかったかにゃ?」
「ええ、聞いてませんよ。」
妻は、笑顔でそういうと農夫もまた笑顔で
「そりゃ、悪かったにゃ。フィーブル藩国が大変らしいにゃ。だから、色んなものを送ってあげるのにゃ。」
「それで、またたびもなんですか?」
「そうにゃ、またたびは、旅が終わって食べたら、すぐに、また旅にいけるというくらい元気になる食べ物にゃ。ここから、フィーブル藩国まではとーっても遠いから。お手伝いに行く人たちは、きっとまたたびが欲しいはずにゃ。」
「そうですね、じゃあ一杯作らないとダメですね。」
「うちのまたたびは、ほかのより凄いからきっと一個でフィーブルまでいけるにゃ!」

農場は、胸くらいまである高い草に覆われていた。この辺りのまたたび農場は、どこも同じようになっていた。農夫は、その草の中に入っていくと見えなくなるまで奥に進んでいった。
「隣の畑との柵はここに、あったにゃ!」
「じゃあ、そこまで草刈ですね。」
もう、自分たちの分だけ作ってきた農場は、昔から一部でのみ生産されてきていた。
そのため、多くのまたたび農場は、本来の機能の半分程度の生産量しか作れていなかった。
農夫は、自分に出来る最大限の事として自分の作れる最大の量を作ろうと思った。
「ふう、ひさしぶりにはたらくと疲れるにゃ。」
「そうですね、お昼にでもしましょうか?おにぎり作ってきましたよ。」
「いや、まだ大丈夫にゃ。お前だけでたべてていいにゃ。」
「そんなことできませんよ、私だって共に和して自由の旗の下ですもの。」
「それもそうだにゃ。」
「あ、お隣さんも着たみたい。あんたと同じで昨日までコタツで寝てたなんて信じられないわね。お隣のだんなさんも」
毎年、静かなこのまたたび農園。
いままで、ながく静だったいつもより少しだけ早く騒がしくなってきた。
それは、自分のためじゃなく、どこかにいる会ったことも無く、会うこともない誰かのため善意なのかもしれない。