戦争準備状況 クレールサイド

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高性能ステルスを搭載した要塞艦が北方に現れたという一報が王宮に届いたのは会議が始まって間もなくのことです。
同時に、かつての同僚から帝国内で根元種族の侵攻を確認したという手紙が届きました。
わんにゃん合わせて、共に戦いが近づいているようです。


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続きを書きあぐねている作業記録に向かうのをやめて夜空を見上げると、空には白く輝くやや欠けた月が浮かんでいた。
窓を開け、身を切るような寒さと共に澄み切った空気を身体に取り入れ、何者かに祈る。
七つの世界を知る前からの、私なりのリラックス法だった。
そうしてしばらく空を見上げ、何かを思い出しそうになる直前、景色の下のほうに違和感を覚える。

…何かが動いている。長い得物と何かを小脇に抱えた…敵!?
即座に思考を切り替え、窓から飛び降りる。着地の衝撃を殺しながら即座に木陰に隠れ、森を渡り、背後に回る。
「こんな夜更けに王宮に何用ですか?」
「ニャッ!?」
こうして近づいてよく見てみれば、長い得物は釣竿、小脇に抱えたものは魚と保冷剤が入った壷。
「にゃにゃにゃにゃにゃーは湖でりょりょりょろーをしてるにゃんにゃんにゃんこだなーお」
尻尾が数倍の太さに変化するほど驚き言葉まで混乱している彼は、漁師の猫士であった。
「あ…すいません、さようでしたか。驚かせてしまい申し訳ありません。」
「そ、そういうにゃんたはなにものにゃん」
釣竿と袋を地面に下ろして、爆発する尻尾を元に戻そうと必死な猫士。
「王宮で雑務をこなしている者です。…そうですよね、猫士さんなら夜に活動しててもおかしくないですよね。」
「にゃ、王宮の人だったにゃ。それじゃぁこれを渡すにゃ。」
そういって差し出されたのは地面においていた魚の詰まった壷である。
「…はぁ。えぇと、今日の分のお魚は届いていますよ? 明日のお魚はまだですし…。」
「これは夜にしか釣れない珍しいお魚にゃ。」
「それじゃぁ明日の朝お持ちになって…」
「ちっちっちっちっち。この魚は早く食べないといけないのにゃ。」
「…?」
思わず首を傾げる。それだったら猫士の方が食べればいいのに…。
「ほんとは最近見つかった伝説のチューチュー入りケーキを作りたかったにゃ。
 でもにゃーは手が器用じゃないので、ケーキは作れにゃい。
 だから、美味しいお魚を釣ることにしたにゃ。」
「…はぁ。」
「湖畔に住むみんな知ってるにゃ? 北のにゃんこがピンチにゃ。
 それを助けるのに王様お金をたっぷり使ったにゃ。」
「!」
「みんな忙しくて大変になるにゃ。だからこのお魚食べて元気出すにゃ。
 みんなで王様助けるにゃ。」

にゃんこネットワークおそるべし。
どうも数時間前の会議の結果の一部が漏れており、それを聞いて、
少しでも助けになれればと彼は珍しい魚をがんばって釣ってきたようだ。
さすがに鼠入りケーキはかんべんしてほしいけど。
さらに砂鉄採取場、製鉄所などもサービス残業を始め、
王宮からの勅命にいつでも対応できるようになっているらしいとのこと。

(伯爵様、みんなに慕われていますよ。)
「どしたのにゃ?」
「いえ、なんでもありません。ではクレールがしかとこの魚を皆に届けますね。
 夜遅くにありがとうございました。
 他の方々にも無理をなさらぬようにとお伝えください。」
「よろしくおねがいしますにゃ。」
ぺこりと一礼すると猫士は釣竿を肩に、背を向けて去っていった。

「共に和して自由の旗に栄光を与えんことを…ね。」
犬もいいけど、猫もいいなと思いながら、私は厨房へと向かった。
起きているであろう猫士のコックに夜食を作ってもらいに。