るしにゃん悪臭事件とその後日談

 事件の本格化と収束

ご婦人達の井戸端会議より一週間後、ある村では集会が開かれていた。

長老:「みな来ておるな。月例会を早め今日集まってもらったのはほかでもない。るしねこの放屁が止まぬ件である。」
青年:「我が家や近所でもだ。むしろおならをしないるしねこがいないくらいだ。集中すると、道端で夕食の匂いがするかのように匂ってくる。」
長老:「うむ。他の自治体でもそのような状況らしい。だが、玄霧やゴロネコなどでは見られぬ現象だとか」
青年:「何か悪いものでも食ったのだろうか?」
壮年:「……自治体1つ、あるいは既に他国でも広がりつつというのであれば、猫士間のブームということで納得できよう。だが、そうではあるまい。」
医師:「今週の始めごろから放出されるガスや、食事の内容について検査をしていますが、特殊な細菌や毒性物質が含まれている例は出ていません。」
長老:「そうか……。一体この現象はなんだというのだ……。とりあえずみな、るしねこたちの様子を見やっていてくれ。」

原因も解決策もわからぬまま、さらに数日が経つ。問題が収束する気配は見えず、むしろ深刻化する地域もあったほどである。
各地では臨時の集会が重ねられ、夜な夜な頭を変える大人達が集まっていた。
まじめな顔をして会議をしているものの、日に日に鼻栓をするものが増えており、何も知らぬものから見れば余りにもシュールなギャグであった。

そして10日近く経ったある日の夜

その日は、王宮・神殿にほど近い集落が臨時集会を開く日であった。
参加者の誰もが鼻栓をしており、どこか詰まった声で話し合いをしていた。
だが、この日が転機となったのである。

長老:「今日も集まってもらってすまないな。何か進捗はないか?」
青年:「いや……。オレの弟が、中毒になりそうだとか言ってて、目がぐるぐるしていた。やばいな。」
壮年:「……妻がヒステリーになりそうだ。猫はかわいいし、彼らに罪はないのだが、いかんせんこうも続くと…。」
長老:「うむ…。」
医師:「……実は。非常に言いにくいのですが。」
長老:「許す。なんじゃ。」
医師:「医師のつてで、この件についてお話をしたいという者がおります。」
長老:「何か分かったのか!」
医師:「はい。ただ……『お話に行くことで皆様にご不快を与えるかもしれないから』と、先に私に相談にいらしてまして。」
長老:「ようわからぬな。来ておるのか? なら、この集まりに参加することを許そう。」
医師:「わかりました。 ……だそうです。お入りください。」
??:「はい。」

医師の言葉の後半は、集会所の外に向けられた。応答し、入ってくる者もまた、医師の装いで、髪に一筋、桃色の染めを入れた女性であった。
その髪の色を認めると、長老の顔は一気に険しくなる。

長老:「……。」
青年:「誰ですか? 長老、ご存じで?」
女性:「皆様、初めまして。宮仕えをし、内政に努めていた医師の一人にございます。」
長老:「また、おぬしの仕業、と申すのか。」
女性:「長老様の問いにお答えしますならば、この匂いは私が撒いたものではございません。ただ、るしねこ達の異変について、結論を得ましたので、お話に参った次第です。」
長老:「汚れた者になど会いたくもない。帰れ。」

まるで高位森国人を名乗れぬものの心臓を即座に握りつぶすような、しかし何も起こらないただの冷酷な視線を投げかける長老。
女性は、その視線を受け止めた上で、悲しみを隠すように、平身低頭する。

女性:「…私は、この国を、いえ、この国に住むものを助けたいのです。」
長老:「そう言う者が、再び裁けぬ罪を犯すのだ。」
女性:「いいえ! いいえ! 私は同じ間違いは繰り返しません。それが私の寄る辺が課す法であり、私の誓いです。」
長老:「同じ間違いでなければ異なる過ちで滅ぼすか。」
女性:「そうならぬよう、最善を尽くしたいのです。私は、あの人の涙も、誰かの血も、流れてほしくないのです。」
長老:「……、3分間だ。聞くだけ聞こう。」
女性:「ありがとうございます!」

長老と女性の会話は会議に出ていたものの中には理解できなかったようだった。
女性は急ぎ上半身を起こす。与えられた時間を精一杯使うために急ぎ、説明を始めた。

女性:「私は定期的に主要な場所にあるアンチマジックベリーと世界樹を見て廻っているのですが、今回の社会現象が起きてから、ベリーに変化があることに気づきました。」

そういうと、二枚の写真を長老の前に差し出す。長老はそれを一瞥すると、周囲の人間に廻し始めた。
そこには大きさの異なるアンチマジックベリーが映っている。
片方は所謂植え込みのようだが、もう片方はその倍以上の大きさになっている。
撮影距離の問題ではないことを示すように、樹の傍らには弓兵の矢が立てられていた。

女性:「これは、水、土、日光などの条件が全てほぼ同じで、同時期に芽の出たものです。」
壮年:「というには、余りにも大きさが違うではないか。変異種などではないのかね?」
女性:「いえ、同一種であることは確認しています。異なるのは、大きいほうはるしねこの立ち寄らない森の奥のものであるのに対し、小さいほうは件のるしねこが集団生活している寮の脇に生えているものなのです。」
長老:「…なるほど、そうか。」
女性:「はい。この二つの差は、るしねこのいるいないである、ともいえます。そして、ベリーの自然的な育成条件がほぼ同じ条件であるのにこれだけの成長差があるのは、魔力の濃さの違い以外にはありません。」
壮年:「すなわち、るしねこが魔力を中和していると?」
女性:「その通りです。そして今、国内で問題となっている強烈な匂いが、魔力の代わりに残されていました。」
壮年:「るしねこが、魔力をおならに変換しているというのか……。」
女性:「はい。どうやらそのようなのです。」
青年:「しかしなぜ成長に差が出るほどの大量の魔力が……?かつての騒ぎは終息したと聞いています。」
女性:「はい。今回の魔力の増大は事件などではなく……。……この時節と、この国が、森国人の国であるからでしょう。」

このときの一瞬の躊躇、あるいは言葉選びの間を、長老は見逃さなかった。
その思慮から、確かに、彼女は学び、繰り返すまいと努力をしているのだと、理解する。
とはいえ当然の努力であり、感心するほどのことではない。だが、話を続けて聞く気にはなった。

長老:「……して、どのようにすればよいか、貴女は考えているか?」
女性:「このおなら問題は、るしねこ達の適応能力の発現であるといえます。
異常に多すぎる魔力に屈しないよう、るしねこ達が昔にはなかった新しい技能を獲得したのです。
現在はこの技能を常時使用することで、彼らがおかしくならない、正常な生活環境を確保しようとしているというわけです。
そのため、前提である魔力の大量発生が収まれば、自然とこの問題は収まるでしょう。
ただ、それでは長く人も猫も苦しむと思います。そこで、大きく分けて二つの案をお持ちしました。」
長老:「ふむ。」
女性:「一つは、通常種のアンチマジックベリーの育成、世界樹の保護です。結晶の大量生産になってしまうようなら中止するべきですが、植物たちの魔力吸収量が増大すれば、るしねこ達にかかる負担とおならの回数を減らすことはできるでしょう。」
長老:「確かに。早速検討に入るとしよう。もう一つは?」
女性:「空気清浄機能の強化です。大きく分けて空気清浄効果を持つ植物の育成奨励、ガス吸着効果を持つ炭や香りを上書きするハーブなどの利用、半強制的に住宅地域の通気性を上げて換気してしまうことの3項目があります。」
青年:「すみ?あの、燃やす炭か?」
女性:「はい。ちょっと手を加える必要がありますが、非常に良い脱臭効果があります。粉末に砕いて布に挟めば、マスクのようにもできるかと。」
壮年:「換気は要するに扇ぐのと同じことだな。」
女性:「その通りです。水車を改造し脱穀と共に送風できるよう風車をとりつけるのがよいでしょう。森のほうに匂いを送って動植物に影響を与えないを確認する必要があります。」
長老:「なるほど。早速実験と検討を始めるとしようか。」
女性:「! それじゃあ……。」
長老:「勘違いはするな。過去の過ちを許すわけではない。…約束の3分は過ぎたな。超過については目を瞑る。去るがいい。」
女性:「…はい。」
壮年:「…長老をはじめ、皆に代わり、我らの困りごとを助けてくれたことに礼を言う。助かった。」
女性:「……はい。どうぞ、皆様御健やかに。」

最後に深く礼をすると女性は集会所の外に出ていった。
自分の言葉でお礼を言おうと青年が外を見た時には、もうその姿はなかったという。

事件の収束

集会に参加していた医師がカルテを確認すれば、魔法熱の発症がるしねこのおならが問題になってからは減少傾向にあり、彼女の結論が正しいことを裏付けている。
そうして、その自治体では複数の対策方法についての検討を行い、上手く運用できるものを利用して、るしねこのおならと上手につきあいはじめたのである。
その対策はまたたくまに王国全土に広がり、やがてこの臭い騒動は終息を見せていったのである。

今回、るしねこが発現した魔力をすって屁にする程度の能力は、るしねこがるしねこであるための能力である。それは同時に、るしにゃんの民が森の民であるために必要なものでもあるのだろう。
今回の一件は小さな事件ともなったが、るしねこの得た技術を通じて、相棒たるるしにゃんの民もまた、魔力と生き物の正しいバランスについての学びを深める機会となったのである。