るしにゃん悪臭事件とその後日談

 王国の新しい文化の紹介

魔力をすって屁にするるしねこ達、その一方で発生するにおいをどうにかしようと、るしにゃんの民はいろいろな方法を考えた。
すぐに思い浮かんだ案として、鼻栓でどうにかなるんじゃないかと配り始めた者もいたが、臭いがなくなるわけではないのですぐに捨てられた。何よりみっともなかった。
そうして試行錯誤されていった試みの中で、文化として根付いたものをいくつか紹介しよう。
るしねこの魔力をすって屁にする能力は、文化の面でも思わぬものを生み出し、るしにゃん王国を豊かにしている……のかも、しれない。

炭のインテリア

炭は、これまで燃料の他は鋼の精錬や飲料水の濾過のために用いることが殆どであったが、水のよごれと同様に空気のよごれ、酷い匂いを吸着する効果もあることに気付いたのだ。

炭は木材などを高温条件下で炭化させることで得られるが、その際に水分など熱によって蒸発する成分もある。そうすると、蒸発する成分があった場所に隙間ができ、いわゆる「多孔質」というスポンジ状の構造を形成する。
この隙間は非常に小さく、そこに空気中の臭いや水中の汚れの成分が吸着していくのだ。
その能力はニコチンやタールなどを多く含むためになかなかとれない煙草の臭いなどにも十分に効果的であり、これをにおいがたまるところにおけば、においの問題は解決されることになる。

しばらくすれば吸着する能力は低下するが、水洗いと天日干しで再生することができるし、どうしても再生しない場合は燃料として廃棄して新しい炭を置けばよいわけだ。

さすがににおいを吸着した炭をろ過材や鋼の材料にするわけにはいかない点はやや残念であるが、それでも既存の技術の新しい使い道として非常にエコな利用方法の発見であった。

だが、それだけが新しい文化というわけではない。
においを吸着する性質は炭としての質がよいものほど効率がよく、一部の木材や竹などは非常に効率よく匂いを消してくれるのだが、それを無造作に屋内においておくのは、粗雑で非常に美観が損なわれる感じがある。
そこで、るしにゃんの民は消臭のために配置する炭にデザインを施すことにしたのである。
炭自体はもろく加工が難しいが、炭の原料の時点で彫刻しておくことで、無機的なものや模様・地形などのデザインが施されたグッズは簡単に作ることができた。
さすがに動物の形のものは削りだして炭にする工程が動物を焼いているようで非常にためらわれたため、炭の塊を彫刻する手法をとっている。
また、炭にする過程で崩れる部分もあるため、微細な彫刻が崩れずに残った炭はインテリア雑貨の中でも非常に高価なものとして扱われている。

また、竹や木材のほかに、花や木の実を炭にして飾るインテリアデザイナーも現れた。
これらは花炭と呼ばれ、竹や木材の炭より脱臭能力はやや落ちるものの、天然の美しい姿をそのまま残すことができるという点で優れている。炭の彫刻品よりはやや価値は下がるものの高級品の扱いを受けており、
これらの全ての炭を使って活け花や盆栽のような立体芸術を作り出す者も現れた。

猫パンツ

炭の脱臭効果を期待してインテリアとして飾るというのは新たな文化だが、彫刻品に加工しても置くのが嫌だったり、効果に不足を感じる場合もある。
そうして考え出されたのが、「猫パンツ」であった。

臭いが問題なのは、そもそも空気中に広く拡散するのが問題であるわけで、拡散する前にどこかに留め対処することができればいいのでは、というアイディアから生まれた猫の姿向け下着および下半身の衣装である。
この「猫パンツ」の初期型は下着の外側にマジックテープがあり、脱臭炭の粉末を詰めた布袋を装着可能なようになっている。
これによって、魔力が変換された屁が空気中に拡散される前にその臭いを極限しようという試みである。
そしてこれは、最終的には重ねて履くスカートやズボンの裏地に脱臭袋を装着する形へと変化していき、人の姿、猫の姿両方のサイズが開発されていった。

まさしく臭い物には蓋をしろ的発想であるが、これに対する反応は二分された。
すなわち、猫の姿のるしねこに衣装を着せることへの可否である。
それは、生き物はそのままの姿が美しいのだと言う派と
人の姿のときは服を着ているのだから猫の姿でも服を着てもいいじゃない、ていうかかわいいから許す派であり、
るしねこ本人の気持ちを全くスルーして、この論争は人間の間で多いに盛り上がった。

結局のところ、猫パンツは相棒たる人間の趣味嗜好によらず
るしねこ達の自由意思で履く者と履かない者とに分かれている。
また思わぬ波及効果として、よくにおいが問題視される介護業界にこれらのアイディアが流用されているらしい。

アロママスキング

次なる方法は生物の性質を利用した消臭方法、正確には隠臭というべき手法である。
その手法とは、別の芳香で匂いを上書きすることだ。
これはマスキングという名前の手法であり、強い臭いをかぐと他の弱いにおいを感じなくなる生物的な習性を利用している。
るしにゃん王国は多様な植生を持つ国であるため、芳香性のある植物には事欠かない。
そのため、芳香性のあるハーブを屋内で育てる、それを用いた香を炊く、精油を揮発させるなどの手法で快適なにおいを発散させることでおならのにおいを隠すことができるのだ。
また、香りには相性があるため、相乗効果によって悪臭をいいにおいのようにごまかすこともでき、またハーブの芳香による精神的な効果なども期待できるため、この手法は炭による脱臭効果と使い分けることで生活環境を著しく改善することができるのである。
一つ難しい点があるとすれば、炭の脱臭は良い・悪いにかかわらずにおいを全て吸着するものであるため、併用すると炭の脱臭能力が低下しやすくなってしまう。
とはいえ、屋内の臭いがなくなるだけでなく心地よい芳香で包まれるのだからと、炭インテリアと並ぶ家庭での悪臭対策として、多くの家庭で取り入れられている。

水風車の発明

ここまで紹介されてきた手法は臭いを消す、臭いを隠す方法であったが、
臭いが強ければ強いほど、完全消臭は難しい。
そのために考えたのが、薄められるだけ薄める、すなわち、空気の撹拌と換気であった。
とはいえ、(殺傷能力は全くないが比喩として)生物兵器級に濃度が高い場合は、団扇などではどうしようもない。
そのために考えられたのが、水車を改良した水風車という施設である。

もとより森の上では風が良く吹くるしにゃん王国であるが、森の木々が防風の役目を果たしているため森の中の風通しは余りよくない。ゆえに、森の中の村も空気がこもりがちで、臭いがたまりやすいのだ。そのため森の高さにあわせて風車を置くことで、森の中と村の空気の対流を促進しようというものである。
仕組みとしては簡単で、川の流れを利用して小麦をひいたり稲を精米する水車の動力の接続先を水車小屋の外に増設した風車に繋げる。これによって水力で風車が回転しさながら巨大扇風機のように風を吹かすのである。

そしてこの手法は思わぬ相乗効果を得た。
いくつかの手法によって薄まっていた臭いは外の空気と混ざることで生物臭として感じる程度にまで局限されていたが、
残された僅かな臭いは広大な森に生い茂る草木が吸収していき、生物代謝によって栄養などとして消化されていったされたのである。

なお、水風車の発明の亜流として、
高所と低所の2か所に風車をとりつけて森の外の風の力を森の中に生み出す二段風車、
高所の風車と水車の両方から動力を受けてより高効率で製粉・精米を進める食糧加工用水風車など、
従来の自然の力を借りる生活をより追求する形での技術開発が進んでいる。