弓兵の可能性
Archers potential
SS・戦場の一射
ある年の、夏の祭事のための巨大魚狩りの一幕。だが、そこは並の戦争イベントにも比較にならぬ戦場だった。
「もうだめにゃー・・。」
尻尾のひとなぎ、鉄砲魚のように噴き出す水鉄砲が猫士を吹き飛ばしていく。
武具が壊され怪我を負い、次々と洞窟の外に運ばれていく猫士達。
巨大魚の強力な攻撃を受けて皆軽い傷では済んでいない。
かろうじて無傷、軽傷の猫士達が巨大魚と正対するも、その数はもう数えるほどで、体力は限界に近い。
もちろん、これまでの彼らの戦いが無駄であるわけもなく、巨大魚もダメージを隠しきれていないが、流血に興奮しており、文字通り手がつけられない。
全滅の二文字が、点灯しかけていた。
「ギシャアアアオオォォ!」
縄張りを荒らされ、鱗を逆撫でされてまだ怒り冷めやらぬ巨大魚が残る猫を一掃しようと鎌首をもたげる。
その人ならざる気迫を受けて、猫士達は家族の幸せと組合長への恨み言を胸に込めて目を瞑った。
だが、そのとき。
「ソォコマデダ!」
「「!?」」
洞窟の入り口から溢れる光を逆光に浴びて、二人の男があらわれた。朝がくるように。いつものとおりに。
「るしにゃん王国今代筆頭世界忍者、はやて推参!」
「おなじくchess、只今参上! 援軍つかまつる!」
突然の登場に虚をつかれた巨大魚は、判断に戸惑う。二人はその一瞬を見逃さなかった。
二人は同時に駆け出し、上と下、二手に散る。
洞窟の内壁を俊足で器用にかけあがるはやて。
最後の一蹴りで空中へと飛び出し、巨大魚の真上をとった。
「これでもくらえっ! 貫・拡・連・撃!」
はやてが弓に10本以上の矢を番える。
2本程度ならまだしも、これでは1撃のダメージは1/10以下に分割される、現実には駄目技である。
だが、このポジションなら。
そして、この弓矢なら。
十以上の矢を器用に揃え、力の限り引き絞り、弦を弾く。
いつもより弱弱しく弾き出された矢は反重力魔法が反転し、魔法の引力に重力の力が上乗せされていつもよりも盛大に加速を始めた。
2階から目薬ならぬ3階から数多の矢は先端から淡い光の残像を走らせながら着弾。その速度と重みはやすやすと鱗を砕き肉を裂き、その身を抜けて地に刺さる。
その矢を、巨大魚の足元に侵入したchessが引き抜いた。
「一回で終わると思ったら、甘いッ!」
引き抜いた速度を利用して身を捻り、強化された遠心力と巨大なやじりで巨大魚の腹を突き刺し、切り裂く。血が噴出すよりも早く駆け抜けたその攻撃に、痛みと衝撃で盛大によろめく巨大魚。
「貴殿には悪いがぬしが狩られるは古くからのしきたりのさだめ。だが根絶やしにするためではない。」
「あがらうもまた生き物の摂理だが、どうか、貴殿の命を我々の糧として、共に来ていただきたい!」
儀式の口上を自分なりに言い換えて語りかける二人。人語を解する素振りか、あるいは驚異を感じたか、逃走を図り踵を返そうとする巨大魚。
「すまぬ!」「行かせない!」
巨大魚の鼻先を掠める光の残像。驚きと恐怖から向きを変え、逃走経路を探しなおそうとする。
だが、ここまでで、大勢を立て直すには十分な時間だった。
「いまだ、猫士達!」
「狩りを終わらせろ!」
その声を受けて、猫士達が体力を振り絞って奥の手を取り出した。
手押し車にいっぱいの発破用爆薬を載せ、勢いよく押し出す!
「「「にゃー!!・・・・ぎゃっ!?」」」
手押し車はでこぼこ道のせいで盛大に転倒し、猫士達もずっこけた。
失敗か。否。転倒の弾みで飛び出し、勢いに乗る爆薬。それは綺麗な放物線を描いて敵に到達し、連鎖的に火を撒き散らす。
洞窟の中を、炎が照らしあげた・・・・・・。
その数十分後、彼らが無事な姿で洞窟の外に姿を現す。 その後ろには、台車に載せられ、ところどころが焦げ付いた巨大魚の姿があった。
本来は祭事のための狩りだが、これが弓兵のデビュー戦ともなり、将来を感じさせる一戦ともなったのであった。
考察・弓兵の戦術価値
特化性の低い平均的な評価、対空射撃に自動迎撃という初めて見る特殊能力。
開示当初より、弓兵はその評価よりも特殊性に重きを置かれている雰囲気があった。
(とはいえ、るしにゃん弓兵の登場初期は戦闘力が低すぎて特殊性を活かすことができず、弓兵を育てるところから始まったわけだが。)
実際に、弓兵は特殊な運用が多くあった。 敵の特殊行動を妨害するものであったり、空からの奇襲防御に攻撃的にあてられたり。 はたまた、突撃する敵軍勢の威嚇誘導に使われることもあった。
だが、きっとそれらは弓兵の本領のほんの一部にすぎない。 人の歴史の古代と呼ばれる頃、まだ殆どのただの人間が自然と闘っていたころから弓矢は存在してきた。 そして、武器が弓から銃へと移り変わる歴史の境界域でもなお、弓は銃よりも戦術的優位に立っていたのだから。
逆に言えば、これは弓の攻撃力が強いということを示しているのではない。 現に、るしにゃん王国の弓兵は多くの敵を討ち取っているが、真の強敵に対しては変わらず無力なのである。 しかし多くの場合、弓兵の本分は、一対一で強大な敵を打ち破ることではない。 決戦兵器の討伐は決戦兵器に任せればよく、豪将との一騎打ちは、剣豪や魔術師がすればよいのだ。
弓兵の役割とは、未だ研究と予感の段階にしかないが、戦争の大局を操ることではないだろうか。 かつて一度あった、橙オーマとの戦いで、ただ在るだけで敵が手をとりあおうとする、 悪く言えば厄介な、良く言えば戦略的価値を誇る存在。 古くから伝えられる戦術には、そういう価値があるのかもしれない。
また、魔法・魔術的な観点から見ても、弓というものは非常に価値の高いものである。
弓の反りは、しばしば天に映る大きな星、太陽と月の比喩となる。 ゆえにあらゆる地域で、太陽と月の神は弓を武器に持つとされていた。 特に満ち欠けする月はときに弓に同じ形を作り、弓と月の親和性、弓の神秘性はさらに高まっていった。
そして太陽と月の運行は四季を支配し、日の出の位置や角度が農耕民族に種まきの時期を伝える。 時期を違えなければ正しい収穫を約束するため、弓持つ神は転じて豊穣を司る役目を持つこともあった。 狩猟民族にとっても、自らの武器と狩の成果を司る存在として、豊穣の神は弓持つ神であった。
さらに東方では、弦を弾く音に退魔の力が宿ると考えられていた。 その利用法として、平安の宮廷における儀式のひとつに「雷鳴の陣」というものがある。 当時は雷が悪霊の怒りと恐れられ、雷鳴が聞こえたとき落雷が宮廷に落ちないようにと、武士が弓を構えて弦を弾く儀式である。 弓が退魔の武具とされる一方、聖別された矢は破魔矢という名前で家庭に配られている。 破魔矢は縁起物の1つとされており、魔を破ると名づけられているが、もともとは豊凶の占いの矢であったともいわれている。
以上のように、弓と矢の魔術的潜在力はかなりのものであるが、 るしにゃん王国の弓矢にこめられている魔法は矢の重力操作に注ぎ込まれるだけで、 はっきりいって、宝の持ち腐れに近い状態である。
現在もまだ隠れ里と森の王宮で職業研究、武具研究は進んでいる。
古の戦術を学び、弓具に眠る魔術の潜在性を呼び起こすことができたならば、
弓兵の在り方はこれまでよりも大きく変化するだろう。